東京高等裁判所 昭和31年(う)2112号 判決
被告人 大森張秀こと大森増太郎
〔抄 録〕
控訴趣意第一、三、六および七点について。
所論は、要するに、被告人は石川末松から同人の金借斡旋の依頼を受け、その借用金債務の担保用として本件株券を一旦同人から預つた後同人に申して同株券を売却して金策するよう受託の趣旨を変更し、そのため同人に株券の裏書をなさしめた上売却したものであり且つ買主は岩井堯治ではなくて大嶽藤吉である。故に、原判決において被告人は右株券を専ら金借用の担保に供するため受け取り保管中擅に之を岩井堯治に売却横領したと認定したのは、これを認めるべき証拠によらざる違法の手続により事実を認定し而も事実を誤認するに至つた旨主張するものである。
そこで審按するに、被告人の検察官に対する昭和二八年九月二五日附供述調書、石川末松の司法警察員に対する供述調書原審証人石川さと、同石川慶一、同岩井堯治の各供述調書その他原判決引用の諸証拠を綜合すると、被告人は昭和二七年一二月一五日頃石川末松から同人所有の本件株券合計六千株を担保とする金借斡旋方の依頼を受け之を預かり保管中、その株券売却による自己の利益をも考慮して、その頃原判示場所において擅に之を東光証券株式会社員岩井堯治を介して他に売却した事実を認めることができる。
従つて、原判決において被告人が本件株券を岩井堯治に売却したものと認定したのは事実誤認なること所論のとおりであるが、これは、証券売買の取扱を目的とする右会社の社員たる岩井堯治本人に売却したとなすことと同人を介し同会社の取扱によつて第三者に売却したこととの差異あるのみで、要するに、石川末松より担保用に預かつていた株券を同人の承諾がないのに他に売却処分したことには相違ないのであるから、斯るような程度の事実誤認によつて原判決に影響を及ぼすべき性質のものではない。
また、右株券を石川末松から被告人に交付したものは結局石川が裏判すなわち裏書したものとなつたこと所論のとおりなることも右諸証拠によつて認められるが、裏書は株券を担保に供する場合にもなされることがあるから、裏書交付が直ちに売却承諾の証拠となるものではない。
更に、原審証人岩井堯治の前記供述調書中同人が大森増一と交渉して本件株券を売却してやつた旨記載あるは同証人が被告人大森増太郎との交渉の上なることの記憶違より出たことなるは、原審証人大森増一の供述調書、被告人の前記検察官に対する供述調書および当審証人岩井堯治の供述によつて明白である。
而して原審取調にかかる爾余の諸証拠および当審取調の各証拠を仔細に検討しても以上と認定を異にすべき点は認められない。故に、原判決については、所論のように証拠によらないで犯罪事実を認定した訴訟手続違法の廉はなく又以て原判決に影響を及ぼす程度の事実誤認があるものでもない。論旨は孰れの点よりみるも理由がない。
控訴趣意第四点について。
原審弁護人Oが原審第十四回公判期日に被告人には本件株券を預け主石川末松の承諾なくして売却したものでなく、同人の裏書による承諾を受けた上処分した旨主張したことは記録上明らかである。
然し、右主張は本件横領罪の構成要件の不存在の主張の一方法で、要するに、起訴事実の積極的否認たるに止まり刑事訴訟法第三三五条第二項にいわゆる犯罪の成立を阻却する事由、すなわち犯罪成立要件以外の事実にして犯罪不成立の事由となるものの存在を主張するものではない。故に、原判決としては右弁護人の主張に対して特に判断を示さなくても違法ではないが、現に擅なる売却による横領の所為の存在を判示しているのは、実際上間接に右主張を肯認せざることを表明したとみるを妨げない。従つて原判決において弁護人の右主張に対して更めて積極的に判断を明示しなかつたことによつて所論のような訴訟手続違法を来すものではない。論旨は理由がない。
(久礼田 武田 石井文)